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『一週間』(井上ひさし 新潮社)

2010.08.17(Tue)

『日本文学』 Comment(0)Trackback(0)

一週間一週間
(2010/06)
井上 ひさし

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■井上ひさしさんの遺作となる『一週間』を読む。『吉里吉里人』『四千万歩の男』『東京セブンローズ』と、この人が、たまに出す長編小説は半端なく面白い。そのイメージが強すぎたためか、この『一週間』に関しては、どうも微妙な読後感が残る。舞台となる満州やシベリアの圧倒的なスケール、そしてシベリア抑留という継続した戦争状態の過酷な環境、そこへ持ってきてロシア革命の指導者レーニンの隠された手紙なんていう爆弾アイテム。これだけの材料が揃って井上さんなら、どんな美味しい料理に仕立て上げてくれるのか、期待するなという方が無理な話である。そういう意味で、あまりにも期待の妄想が膨らみすぎたのかもしれない。
それにしても、こういう時代にこそ生きていて欲しい人たち(忌野清志郎やつかこうへい、そして森毅さんなど)が、亡くなっていくのが残念。


■この作品は大きく分けて三つのパートからなる。最初のパートは、大橋吾郎という収容所で撲殺された、良心的で正義感の強い元哲学者の兵士のエピソードが中心となる。撲殺といっても、ロシア兵に殺られたのではない。同じく捕虜として捕らわれている、日本人将校・下士官のグループにである。このエピソードによって、シベリア抑留の内実が明らかになる。


■二つめは、捕虜収容所から脱走を試み、収容所から3000キロ離れた土地で一ヶ月後に逮捕された入江一郎軍医中尉の冒険譚である。入江は、所属する部隊の日本人兵士の手紙を家族の元に届けようと、脱走を決意する。第二のエピソードでは、革命の大儀のために少数民族を犠牲にしてきた、全体主義国家ソ連の内実が通湊低音として流れている。とは言え、入江軍医の逃避行は、なかなかのどかなもので、女性との楽しい関係があったり、列車を使って悠々と目的地へ向かったりと、収容所暮らしと比べれば天国みたいなもの。


■三つ目のパートでは、レーニンの隠された手紙を武器に、シベリア抑留された日本人兵士たちの過酷な現実を改革しようとする主人公と、その手紙の奪還を目指すロシア当局との奇策を弄したドタバタ的やりとりが描かれる。
このあたりは、完全にスラプスティック・コメディなのだが、ややアイデア不足という感じがする。本作中、最大のクライマックスで、息切れ感がするのがなんとも残念。


■ところで、最初のパートで出てくる大橋吾郎という人物は、悲惨な捕虜収容所でロシア当局やふんぞり返る関東軍将校相手に、兵士の立場に立って待遇改善のために闘い、最後は恨みを持った将校達に撲殺されたのであった。何故、日本人同士でこのような事件が起こったのか、それは、収容所の生活を直接に管理し、支配していたのが関東軍の将校や下士官だったからに他ならない。温存された軍隊組織の恩恵で将校や下士官など上級軍人は、労役を免除されたばかりか従卒まで従え、さらにタチが悪い場合は、下級兵士の食糧までピンハネする始末。捕虜収容所での死者が、圧倒的に下級兵士に偏っているのは、過酷な気候の下での重労働と乏しい食糧による栄養失調が大きな原因だが、上官による食糧のピンハネもその原因の一端となっているようだ。シベリアで亡くなった実に98%が、下級兵士であったことが、その実態を雄弁に物語っている。


■もう一つ重要なことは、このような国際法上問題のあるシベリア抑留がなぜ行われたのかということである。シベリアに抑留された日本人捕虜は60万人といわれている。関東軍がほぼそっくりそのまま捕虜となった勘定である。驚くべきは、このシベリア抑留そのものが、日ロ合意の上の合作であったということだ。ソ連軍と関東軍との停戦協定の場で、日本側はこんな提案を申し入れる。


「日本内地の都会は空襲によってそのほとんどが廃墟と化している。その上、今年は何十年来の凶作という予想が出ており、食糧が絶対的に足りない。さらに船も足りない、石油もない。そこへ海外から同胞が七〇〇万人も引き揚げてくる。受け入れ態勢が整うまで、日本人捕虜を満州国あるいはソ連邦の極東地方にとどめておいてくださりませんか」


文中のセリフ部分の引用なので、この通りの発言があったのでは勿論ない、しかし、日本とロシアの間で何らかの密約があったことは、ほぼ間違いないようだ。そして、このような提案をしなければならなかったほど、日本側には、切迫した事情があったということだ。


■ソ連もまたこのような日本の弱みにつけ込み、捕虜による強制労働を徹底的に利用した。明らかにポツダム宣言や、ハーグ陸戦条規といった軍隊組織の解体と捕虜の解放を謳う国際条約違反である。だいたいこの国は、ほとんどの国家的なインフラ整備を収容所に囲い込んだ政治犯や捕虜によって賄ってきたのではないか。搾取からの解放を目指した社会主義の国が究極の労働のピンハネ、搾取を平然と行ってきたわけだ。さらに、革命の大儀を楯とした、少数民族に対する圧政。この本では、革命の父レーニンがカルムイクという少数民族の出身であることを告白し、少数民族の立場に立った(つまり最も虐げられたものの側にたった)革命運動の遂行を誓った手紙が、重要なカギとして浮上してくる。ソヴィエト・ロシアにとって、少数民族問題というのは、体制を左右するほどのデリケートな問題であった。レーニンの手紙は、悪くすれば体制を転覆させるほどの地雷原でもあるのだが、このあたりの歴史的な背景をもう少し描いてくれたらとも思う。


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