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『教養主義の没落-変わりゆくエリート学生文化-』(竹内洋 中公新書)

2010.06.12(Sat)

『政治・社会・経済』 Comment(0)Trackback(0)
教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化 (中公新書)教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化 (中公新書)
(2003/07)
竹内 洋

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■学生街で店をやっていて、おまけにBook Cafe風に展開ということで、今時の学生さんたちの活字離れ、本離れはイヤでも実感できる。小さな店ではあるが、それでも本棚は大きく場所を塞ぎ、それなりに目立つわけだが、棚にどんな本が並んでいるか彼らは全く無頓着である。そのくせ棚の隅っこに申し訳程度に置いてあるマンガのコーナーだけは、驚くほどの目ざとさで見つけてくれる。「教養主義の没落」「教養主義の死」を呪う日々が続く。(と言いつつ、様々なタイプの学生さんたちとの接触を楽しんでもいるのですが)


■なので、この本は、実に興味深く読めたし、刺激的であった。まあ、2000冊に及ぶ中公新書の中でも、とりわけ評価の高い名著であるから、当然といえば当然。
とはいえ、そもそも「教養主義」とは何か?わかったようで、よくわからない「教養主義」について、その由来から社会的背景を含め、ブルデューの理論や近代文学の叙述を引用しながら、見事に解きほぐして見せてくれる。


■「教養主義」が、その輪郭をくっきりと表すのは、大正時代、『三太郎の日記』(阿部次郎)や『愛と認識との出発』(倉田百三)『善の研究』(西田幾太郎)などの本が刊行され、旧制高校の学生を中心に、多くの大学生に歓迎され読まれ出したことが契機となった。その後、「哲学・歴史・文学などの人文学の読書を中心にした人格の完成を目指す」という、大正教養主義はマルクス主義の影響を色濃く受け、マルクス主義とともに時代を併走することになる。


■教養主義というと、先に挙げた『三太郎の日記』や『愛と認識との出発』といった本のイメージが強いためか、時代的には大正時代あるいは戦前のものという錯覚がある。しかし、実際に大きく花開いたのは戦後の大学キャンパスに置いてであった。
ここで、興味深いエピソードを提供してくれるのが、誰あろうあの石原慎太郎である。石原は言うまでもなく、極め付きの保守系政治家であり、かつ小説家である。彼の小説は、『「教養」や「知識人」に対するこだわりと悪意がバネになっている』のだが、一体どうしてそのような芽が育ってきたのか。
石原の処女作『灰色の教室』は、母校である一橋大学の『復刊一橋文芸第1号』に掲載される。弟の裕次郎をモデルに、「若者の赤裸々な欲望とエネルギーの奔流を生々しく描出した」この作品は、左翼全盛、マルクス主義花盛りの大学キャンパスにあって、通俗小説として酷評される。後に、石原自身、この時の経験が「私の観念左翼に対する生理的な嫌悪感と軽蔑は、案外あのとき造成されたのかもしれない」(『弟』)と述べている。
著者は、石原なりの総括に頷く一方、社会学者らしくもう一つ踏み込んだ指摘を行う。


■つまり、石原の出自が、都市の上昇ブルジョア家庭出身で、「マルクス主義的教養主義者」の指向性とは、180度異なるベクトルを持っていたこと。そのような石原にとって、「知識人文化である教養主義の奥底にある刻苦勉励的心性」は、受け入れがたい。この「刻苦勉励的心性」とは農民的もしくは下層階級的志向性とフィットする。そして、日本的教養主義は、フランスやイギリスの真正ブルジョアジーによるハイカルチャーなどではなく、せいぜいその「模造や紛い物」に過ぎないこと。これこそが、「石原の教養主義に対する生理的嫌悪の背後にある心理と論理ではなかったろうか」と。


■ところで、何故、教養主義文化は死に絶えたのか。教養主義そのものは、70年代初頭まで生き延びる。しかし、その直前60年代後半の学園紛争によって、既に引導を渡されてはいるのである。同時にあの頃、学生時代を過ごした私からみると、あの学生運動華やかなりし時代、教養主義そのものは、まだしっかり根付いていたようにも思う。大学生協の書店には、大江健三郎や、吉本隆明、羽仁五郎、埴谷雄高などの本が主役のような顔で置かれていた。また、そもそも「教養主義の特権的欺瞞性」を暴いた学生たちのよってたつ基盤が、相変わらずマルクスであり、吉本隆明であった。つまり、彼らなりの「教養」によって理論武装されていたわけだ。
しかし、学生たちの思想的基盤がどうであれ、実体としては、既にかっての「大卒」という輝きは消え失せ、卒業後は大衆的サラリーマンの一人になるほかはないという、厳しい現実に直面せざるを得なかった。そのことが、大学教授という特権的な「教養知識人」に対する、追求と糾弾に拍車をかけ、「教養主義文化の幻想を駆逐した」とも言える。


■しかし、教養主義終焉の真の要因は、1970年代後半以降浮上してきた「『新中間大衆社会』の構造と文化にある」という。これは、「一億総中流」と言う言葉のニュアンスとは少し違って、その最大の眼目が、階級そのものの溶解を言い当てていることにある。つまり、ホワイトカラー、ブルーカラー、自営業、農民まで巻き込んだ「階層的に構造化されない膨大な大衆」の中間意識、均質化された価値観が浮上してきたということだ。教養主義が、読書中心主義で大衆との差異化路線であったとすれば、「新中間大衆」の「キョウヨウ」は、大衆との同化路線であるという。
これは、実によく分かる指摘で、早い話、村上春樹がその小説の中で、音楽や文学の嗜好(つまり、センスのいいセレクトによって人物のキャラを際だたせようとする、それがいいか悪いかは別にして)のに対し、現在の学生はメジャーなメディアが垂れ流すお笑芸人の嗜好(セレクト)によって、己のセンスを誇示しようとする。前者は「教養」であり、後者が「キョウヨウ」であると、私は思う。つまり、先人の残した膨大な文化遺産(データベース)を参照することなく、己の狭い感覚のみを頼りに価値判断を下すという態度。これこそが、「教養主義」崩壊後の若者たちの「ハビトゥス」ではないか。(と、ほとんど説教老人のトゥイートですな)

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