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『黄色い雨』(フリオ・リャマサーレス 木村榮一訳・ソニーマガジンズ)

2009.11.09(Mon)

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黄色い雨黄色い雨
(2005/09)
フリオ・リャマサーレス

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■うーん、私的には半端なく微妙な小説。とてもいい作品であるとは思う、しかし今ひとつのめり込めないというジレンマ。そこかしこに引き込まれるような仕掛けがあって、ぐっと入り込みかけるのだが後が続かず、作品世界から意識が遠のくという繰り返し。集中力がどこかで途切れて、意識があらぬ方へと飛んでしまう。著者のフリオ・リャマサーレスは、元来詩人でこの作品が長編第二作目にあたる。確かに、詩人らしい美しい表現が散りばめられていて、救いようのない暗い話にもかかわらず、豊かな色彩感覚や浮遊感が印象的ではある。
2chの「ラテン・アメリカ文学板」やアマゾンのレビューなど見ても、とても評価の高い小説だ。また、訳者の木村榮一氏によると、ルルフォの『ペドロ・パラモ』よりもこちらの方に惹きつけられたそうである。私としては、ルルフォのほうに惹きつけられるものがあったりするのだが。まあ、相性の悪さなんでしょう。


■主人公は、山間の貧しいアイニェーリェ村に生まれ育ち、苦しい生活を立て直すために村人たちと協力しながら、厳しい現実と闘ってきた人物である。しかし、そんな村に見切りを付けひとり去りふたり去り、ついには、妻と雌犬と自分だけが取り残される。この小説は、そんな孤絶した状況から始まる。さらに残された妻も、孤独と不安から精神的に追いつめられ、明け方になると雌犬を連れ村を彷徨するようになる。そしてついに、村はずれの粉ひき小屋で自害する。ここから、たったひとり取り残された主人公のあてのない生の漂流が始まる。希望や目的のない生、まさに死と生の間を漂うような日常が続く。そこのところを、著者は主人公に寄り添いつつ、執拗にその心理や情景を刻んでいく。


■「ひとりで暮らしていると、いやでも自分自身と正面から向き合わざるを得ない。それがいやだったのと、過去の思い出を守りたかったので、まわりに厚い防壁を築くことにした。人間にとってもうひとりの人間ほど恐ろしいものはない―――この両者が同一の人間である場合はとりわけそうである。荒廃と死に囲まれて生き延びる唯一の方法、孤独と狂気に陥るのではないかという不安に耐えうる唯一の可能性はそれしかなかった。」


■たったひとり、荒廃した村に取り残され生き続けること。そのためには、思い出だけを糧に生きるという、徹底した後ろ向きの生き方こそが自分を守る方法となる。それこそが生きつつ死に、死につつ生きるという彼にはふさわしい。しかし、ことはそう簡単には進まない。ありとあらゆる出来事が激しく彼を揺さぶってくる。死んだ妻が首をくくるのに使ったロープ、自分たちを見捨てて出て行った息子からの手紙、彼の手を噛んだ毒蛇、押し寄せる錆や酸化、そして家々の崩壊、ついに家族の亡霊たちが彼の家に住み着くようになる。
全てを諦めた人生にも試練はやはりある。それほど、死というものときちんと向き合い、受け入れることは難しい。徐々に徐々に、ゆっくりとでしか、受け入れられないものだろう。死と親密になり、それを受け入れることを克明に記録した物語とも言えるのかもしれない。


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