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『学問の春』(山口昌男・平凡社新書)

2009.09.25(Fri)

『政治・社会・経済』 Comment(0)Trackback(0)
学問の春―“知と遊び”の10講義 (平凡社新書)学問の春―“知と遊び”の10講義 (平凡社新書)
(2009/08)
山口 昌男

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■文化人類学者の山口昌男さんが、一九九七年に札幌大学文化学部で行った「比較文化学講義」をもとに、編集・補足を加えた講義録という仕立て。ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』をテキストにしながら、眼前で山口さんの講義を受けているような臨場感に浸れる。「あとがき」によると、本講義とは別に、「北方文化フォーラム」という国内外の様々な講師による講演(音楽や演劇を含む)が行われ、講演後には学生や市民も交えて懇親会が行われたという。つまり、山口さんの講義は、セメスター制で週二回、この二つで一つのセットとなっていたそうだ。そしてそれは、「まるでお祭りのような騒ぎだった!」という。
「知と遊び」を地でいったような、講義だったことが分かる。なんとも羨ましいセットで、きっととてつもなく贅沢な時間が流れていたことだろう。講義でも触れられる「ポトラッチ」のような、山口さんからの全身全霊をかけたプレゼントとでもいうべきか。


■本書は、『ホモ・ルーデンス』の単なる解説では勿論ない。あちこち寄り道、逸脱を繰り返しながら、『ホモ・ルーデンス』という書物を通して、文化人類学という学問が、知らぬ間にくっきりと立体的に浮かび上がってくるような仕掛けになっている。
さらに、淺野卓夫さんによる、講義ノートという詳細な補足が各講義の後につけられていて、講義のイメージを膨らませることができる。
今年読んだ、四方田犬彦さんの『先生とわたし』や高山宏さんの『超人高山宏のつくり方』などの本と、アプローチは違えど知の水脈は通じているようだ。


■『ホモ・ルーデンス』は、基本的に「漫然と読んでいれば簡単に議論の内容がスーッと頭に入る、ということはない、だからこの講義の材料に使う」という。そこで、この本のキモとなる部分を採り上げ、そこに山口さんのフィールドワークでの豊富な体験や、文献渉猟で得た博識を駆使して、解きほぐし味付けをしていく。
フィールドワークでいうと、インドネシアでのそれが採り上げられていて、まるで冒険譚を聞いているような面白さがある。例えば、東チモールに滞在していた一九七四年の秋、インドネシアと仲良くやっていこうとする、「NDT(民主党)」と、独立解放戦線の「フレテリン」との対立が激化してくる。その時、滞在していた農村にやって来た「フレテリン」の兵隊達とともに、土地の住民に対する遊説隊として行動をともにしたという。


■山口さんは、こういうフィールドでの行動派のような側面と同時に、ホイジンガのような人物の知的水脈を探索するという、書物の渉猟を通した書斎の冒険家的な風貌もある。とりわけ、山口人類学の「ふるさと」ともいえる、三十年代のオランダ・ライデン学派を巡っては、本書でも愛情を込めてたびたび言及される。
また、大学という制度の硬直性に縛られず、そこからの逸脱や外部への越境という、山口さんの知のスタイルと共通するような、フランソワ・ヴィヨンという十五世紀の詩人の「ワンダリング・スカラー(放浪教授・学生団)」なども紹介されていて、心惹かれるものがある。こんな感じ。


●「彼らは知識人というよりは、反社会的な狂人や道化に近く、警察権の外部にいたのです。放浪しながら、食べていくために時によっては強盗やカッパライも働いた。先生がたとえばリョンの大学に草鞋を脱ぐ、そうしたら学生もいっしょに草鞋を脱ぐ。先生がどこか別の土地へ移動したらまたいっしょに移動する、そういうユニット、放浪する学びの徒党というものを作ったんですね。」


■で、もう一つ、二十世紀人類学のコミュニケーション理論に重要な影響を与えたと言われ、本書の後半でのハイライトともいうべき「ポトラッチ」の紹介が面白い。
「ポトラッチ」とは、二つの胞族・部族の間で行われる贈与交換の儀礼だ。この儀礼は、しかし闘技的性格を持ち、ただただ自分の側の優位を相手に誇ろうという目的のために、膨大な品々の儀礼的贈与を行う大規模な祝祭的儀礼であるという。これに対し、相手側は必ず返礼しなければならない。しかも、一定の期日のうちに相手のそれを上回る返礼を行うという、厳しい条件付きの義務を背負いこませる。


●「そして『名誉、見せびらかし、自慢、挑み』という人間の心性の表現で、『ええかっこしい』というものを最大限派手に儀礼化したようなところがある」


なんとも不思議、かつ面白すぎる儀礼ではある。しかも、それが人類学に極めて重要な影響を与えたという。私などは、不思議すぎて思考停止状態になる。
贈与という一見相手のことを尊重し、敬愛を込めた儀礼の形をとりつつ、その底に流れているのは、闘争的で賭博的でゲーム的な心性。蕩尽のかぎりをつくして戦い、所有という日常的観念を破壊して聖なる境地にまで互いの意識を高めようというのである。私的に解釈すると、愛憎というアンビバレントな観念を、戦争と和解という単純なゲームによって解決するのではなく、複雑な感情や情念をそのまま保持した形でフォーマット化したものなのか、と思ったり。(ほんまかいな?)
山口さんは、ポトラッチを「危機に直面する技術」というふうにも定義している。つまり、「演劇的に争いの危機を再現する仕掛け」であると。これなら、少し分かるような気がする。
馬鹿馬鹿しいけど、人間の根底に潜むマグマのようなエネルギーを解放し、それなりに平和的な状態を維持するための賢明な祝祭装置とでもいうのか。

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