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「atプラス」09号「特集/震災・原発と新たな社会運動」

2011.09.18(Sun)

『政治・社会・経済』 Comment(1)Trackback(1)

atプラス 09atプラス 09
(2011/08/09)
いとう せいこう、丸川 哲史 他

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■雑誌「atプラス」09号(特集「震災・原発と新たな社会運動」)、震災・原発を「運動」という側面から切り込んだユニークな特集で、読み応えがあった。いとうせいこうが司会で、大澤真幸・山口二郎・柄谷行人・磯崎新らによるシンポジウムをメインに、柄谷行人「自然と人間」、小林敏明「脱原発ードイツ的決断の背景について」、高澤秀次「吉本隆明と「文学者の原発責任」」といった論文が掲載されている。
なかでも、大澤真幸による連載「可能なる革命 第三回 フライングを怖れる者たち」が面白い。twitter上でも、山口二郎が絶賛していたが、目から鱗の秀逸な分析。


■大澤論文は、この間、原発問題や政治について関心を持つものであれば、誰もが疑問を持つであろう、ひとつの「疑問」について、見事に分析して見せてくれている。その「疑問」とは、つい先日辞任した菅直人元首相を巡るものだ。何故、脱原発を目ざす首相が、同じく脱原発を志向する多くの国民の支持を得られなかったのか、という疑問である。「すぐキレる」とか、「部下を頭ごなしにどなりつける」とか、「思いつきで行動する」とか、大手メディアが伝える、まことしやかな人格ネタが理由になるとはとうてい思えない。
キレようが、怒鳴ろうが、知ったことではない。国民が納得でき、支持できる政策を提示し、実行してくれる政治家がいい政治家ではないか。その点で言うと、管首相は、いろいろまずい政策もあっただろうが、こと震災以降の最大の関心事である原発政策に関しては、完全に民意とフィットしていたではないか。つまり、現在、広義の脱原発を支持する世論は、完全に原発維持派を上回っており、その脱原発に最も熱心な政治家が管元首相だったのだから。


■さらに、不可解なこんな現象。事故直後(一ヶ月くらいまで)、原発を巡って世論は、維持と反対が拮抗していた。というより、むしろ、維持派のほうが多かった。当時は、福島原発も状況も危機的で、事故に対する不安と恐怖という点では、現在とは比ぶべくもないほど大きかった。原発事故に対する不安がピークにあった時点で、国民世論は、原発を維持することを望むものが多かったのである。大澤さんは、この奇妙な国民世論は、ある出来事を転機として、大きく旋回したという。


◎「脱原発派が増加へと向かう、明確な転機があった。事故からおよそ二ヶ月が経過した五月上旬に、菅直人首相が、地震による事故の可能性が最も高いとされていた原発、つまり浜岡原発の稼働停止を、中部電力に要請し、実際に浜岡原発が停止したという出来事、これが転機である。」


■実際、浜岡原発の停止要請のすぐ後の世論調査において、初めて、広義の脱原発派が過半数を占めるに至る。浜岡原発停止要請からおよそ一週間後、NHKが実施した世論調査では、約六割の人が、原発を「減らすべき」または「全廃」に賛成しているのである。つまり管元首相は、脱原発へと世論をリードした政治家ということになり、普通なら、これを機に人気はうなぎ登りとなってもおかしくなかった。ところが、実際には、脱原発の世論の高まりとともに、どんどん人気は下降していく。この不思議!
大澤さんは、二つの歴史的な事例を引いて、管元首相を巡る<不思議>な世論の動向を解き明かしていく。


■大澤さんが、比較対象として引いた事例のひとつは、2005年の小泉郵政選挙である。この選挙で小泉は、与党内にも反対の多かった「郵政民営化」をシングルイシューに、強引に解散総選挙に持ち込み、三分の二の議席を得て圧勝した。結果的に、「郵政民営化」は、国民の大多数に支持された、ということになり、選挙後、法案も通過した。しかし、客観的に見て、「郵政民営化」が、国民の切実な課題だったのかというと、決してそうではない。とすると、こんな疑問がわいてくる。


◎「国民にさしたる関心をもたれてはいなかった政策を謳った首相は、大衆的な人気者であり、逆に、過半数の国民に支持されている政策を積極的に唱えている首相は、まったく人気がない。これはどうしたことか?」


■もう一つ比較対象として引用するのは、なんと、一九一七年のロシア革命(十月革命)の一局面である。革命寸前にして、日和見を決め込むボリシェビキ中央委員会に宛てた手紙の中で、レーニンは、ボリシェビキ中央委員会のメンバーに対し、痛烈な批判と皮肉を浴びせている。断固として、決起し行動せよ、と。
なにが、中央委員会の行動をためらわせているのか?大澤さんは、こんなふうに分析する。

◎「断固とした行動に移ることができない者たちはいずれも、第三者の審級がその行動を許可するのか、第三者の審級によって承認されるのかについて確信を持てないのである。」

◎「そのような第三者の審級から見たとき、現在の蜂起は、「フライング」にあたらないだろうか。まだスタートしてはいけないときにスタートしてしまったことになってはいないだろうか。」

ぐずぐずと蜂起をためらうボリシェビキに対して、レーニンは、「第三者の審級の許可を待っていたら、永遠に革命を起こすことはできない」と考える。なぜなら革命とは、その第三者の審級そのものを書き換えることだからだ、と。


■脱原発を望んでいる現在の日本人は、革命を望んでいるものの、実力行使に踏み出せないでいるボリシェビキのメンバーとよく似ている、と大澤さんは述べる。脱原発というゴールを目指すことには合意する。しかし、いろいろなことが心配だ。メディアが耳元でささやく、脅しと恫喝。「電力は足りるのか。」「自然エネルギーは、原発の代替エネルギーになるのか。」「電気代が高すぎて、企業や工場が海外に流出するようなことはないのか。」等々。脱原発へと時期尚早のスタートを切ってしまうのが嫌なのである。そうなると、管首相への評価はこうなる。


◎「脱原発を謳う首相を支持しない理由は、ここから説明できる。こんなとき、国民が首相を支持したら、ほんとうに脱原発への本格的なスタートを切られてしまうのではないか。」


◎「首相が「脱・原発依存」を明言する会見をしたことに、多くの日本人が憤慨した理由も、同じことにある。「それはフライングだ!」と人びとは口々に叫んだのだ。」


■それなら、管首相は国民に決然と決起を促すレーニンたり得たのか?大澤さんによると、答えはノーである。管首相もまた、第三者の意向を探り、そこからの許可を求めていた。首相は、脱原発宣言を出したが、会見直後のマスコミの冷めた反応によって、慌てて釈明会見をした。第三者の不興をかったと感じたからである。
「ストレステスト」を持ち出したのもまた、第三者に対するご機嫌伺いだったという。原発を止めるべきと考えるなら、浜岡のように停止命令を出せばいいだけの話である。ただ浜岡原発停止命令を出したときだけは、第三者の意向を探ることなく、断固とした行動に打って出た。そして、そのような行動を取ったときだけ国民は首相を支持したのである。



■それでは、二〇〇五年の総選挙、あの時、国民は怯むことなく「郵政民営化」という道を選択した。脱原発への道は、恐る恐る進むのに、どうして、「郵政民営化」については、なんのためらいもなく選択できたのか。
これについての大澤さんの結論はこうだ。


◎「郵政民営化に関しては、第三者の審級の許可をあらためてもらう必要がなかったからである。郵政を民営化をする/しないという区別は、一部の直接の利害関係者を別にすると、どちらでもよいことであった。原発の廃棄/維持という選択と違って、郵政民営化は、、社会システムの根幹に変更を迫るものではない。」


◎「それが(郵政民営化)些細な選択であったために、あらためて第三者の審級の許可をもらう必要がなかったからーすでに許可を得られていると想定することができたからーである。脱原発は、これとはわけが違う。だから、脱原発については、人は、第三者の審級の許可を求めている。」


■そうなのだ、郵政民営化というのは、「どうでもよい」「些細な」選択であったがゆえに、国民はなんのためらいもなく支持へと動いた。話題の小泉劇場の入場チケットを、買い求めに殺到したわけだ。ところが、原発の問題は、切実であるがゆえに、周りをうかがい躊躇しているのである。メディアや推進派は、そこにつけ込み、ありとあらゆる情報を流し込む。「原発を辞めると経済が崩壊する。」、「代替エネルギーを提案しろ。」等々。そのようなキャンペーンに対し、この本のシンポジウムのなかで柄谷行人は、こう述べている。


◎「原発反対というと、何か積極的な代案を出せといわれます。自然エネルギーを実際にどうやるんだとか、そういう社会設計に関する「アーキテクト」としての役割を求められるわけです。しかし、私はそんなことをいう必要はないと思います。たんにやめればいい。やめることで、はじめて考えることがはじまるのであって、その逆ではない。代案を出すという思考が、既に原発と同じものなのだと思います。そんなことをやっていたら、絶対に原発をつくった資本=国家を脱構築することはできないのです。」



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