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『「分かち合い」の経済学』(神野直彦 岩波新書)を読む。

2010.06.25(Fri)

『政治・社会・経済』 Comment(0)Trackback(0)

「分かち合い」の経済学 (岩波新書)「分かち合い」の経済学 (岩波新書)
(2010/04/21)
神野 直彦

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■本書は、『「分かち合いの」経済学』と、とても美しいタイトルの本なのだが、内容は、新自由主義に対する怒りに充ち満ちたもので、ページの何処をめくっても、どの行間からも怒りが沸々とたぎっているのが分かる。そして読む方も、いつの間にか著者の絶望、怒り、希望と激しく共振していることに気づく。
日本という国は、一度本当に壊れないとどうしようもないのではないか、とさえ思ってしまう。アメリカ発の金融恐慌を経過しても、未だに新自由主義を信仰している人々が如何に多いことか。未だに「小さな政府」だの「規制緩和」だのどこかで聞いたことのある、新自由主義のドグマを喧伝している政党も多い。その道はいつか来た道、でしょうが。
日本の長期にわたるデフレや、金融恐慌に端を発した世界同時不況をみても、新自由主義的経済施策の破綻は明らかである。いみじくも、まさかまさかのあの、パパ・ブッシュが、新自由主義のサプライ・サイド重視経済学(高い生産性さえ達成できれば、消費は後でついてくる)のことを、「ヴードゥー経済学」と喝破したように、「まじない」か「のろい」の類でしかないお題目、「小さな政府」「規制緩和」「構造改革」の乱舞する国ニッポン。 


■金持ち奉仕の経済学である新自由主義は、財政においても「経済中立性」を主張してやまない。これが、最近の消費税に的を絞った増税論議である。今や、先進国の中でも突出した赤字財政の国となった日本だが、ここまで財政を悪化させたのも元はといえば、小泉・竹中改革による法人税減税と金持ち優遇の所得税減税である。もし、税制を小泉・竹中改革以前まで戻すことができれば、増税をせずとも北欧並の福祉が実現できる、という論議もあるくらいだ。金持ち優遇の財政赤字を作っておいて、赤字財政を理由に福祉を切り詰めていくというのが、新自由主義のお決まりのパターンである。結果として、社会統合に失敗し警察や刑務所が大忙しとなり、福祉は切り詰められても、排除する権力の維持に莫大な予算を費やすことになる。実際にアメリカの一部の州では既に起こっているという。福祉切り捨てと排除型社会は表裏一体である。


■ところで、新自由主義が蛇蝎のごとく嫌う「大きな政府」だが、本書を読むと、その歴史的な成立過程にも触れられていて興味深かった。
一九二九年年から始まる世界恐慌は、第二次大戦の悲惨な総力戦の遂行とともに、その終焉を迎えた。戦時体制の中でやむなく採用された、統制経済・混合経済(大きな政府=福祉国家)という戦略は、安定した社会・経済を運営していくのに実に「よく効く」ことを、各国政府は学習する。
新自由主義と違って、机上の理論ではなく現実の効果から(大きな政府=福祉国家)という戦略が採られていったのである。それまでは、イギリスを覇権国とする「小さな政府」路線が、世界の主流だった。世界恐慌と大戦を期に各国は、それぞれの実情に見合った「大きな政府」「福祉国家」の路線へと舵を切り始める。


「総力戦は国民が苦難を「分かち合う」ことをしなければ遂行できない。国民が血を流している時に、戦時利潤を欲しいままにして金まみれになるものが存在すれば、たちまち総力戦は遂行不可能になる。」


この「大きな政府=福祉国家」の礎となったのが、資本の自由な移動を統制した上でかけられた、高率の法人税と高い累進性を持った所得税だった。しかも、この税制には、景気を自動調節する「ビルト・イン・スタビライザー効果」が埋め込まれており、同時に所得再分配機能にも優れていたため、社会統合が進み労働意欲も高まる、そうすると生産性が向上する。
こうして、戦後「所得再分配」と「経済成長」の「幸せな結婚」が実現し、「黄金の三十年」のもと大量の中間層が生み出されていった。


■ところで日本の場合、「大きな政府」で「福祉国家」というような時代は、残念ながら存在しなかった。最近の保守系の政党によるお粗末なキャンペーンとは裏腹に、OECDの調査によると、公務員の数にしても、国民一人あたりでみると極めて少ないし、給与も他国に比べれば少ないというのが実際のところである。もちろん、キャリア官僚の既得権益や天下り、さらに政治支配などはこの範疇ではなく、改革されねばならないことは言うまでもない。
とにかく「大きな政府」などという時代があったのかどうか疑わしい。ただ、はっきりしているのは、福祉については、企業や家族が肩代わりしていて、国家としては公共事業への投資が大きく、巨大な土建国家は確かに存在していたということだ。これは、都市と地方の格差是正という意味では、一定程度の成果はあったのかも知れない。しかし、あまりにも長期にわたって惰性のごとく続けた結果、車が通らない高速道路や飛行機が飛ばない地方空港、入学するものの少ない地方大学を建ててみたりと、気の遠くなるような無駄使いが平然と行われるようになった。そのくせ、個人給付については、異常なほど用心深く「給付した金がパチンコなどに使われてるのではないか」、などというさもしい人間不信の塊で、結果として生活保護の捕捉率は20%前後と、これまたOECDでも最低レベルというていたらく。子ども手当のような欧米では当たり前のように給付されるものでさえ、平然とバラマキというレッテルを貼って憚らない。



■著者の神野直彦さんは、政府税調の会長を務めている。現政権のブレーンでもある。今回、税調の中間報告がまとめられたが、消費税と所得税を税収の車の両輪と位置づけ、消費税については、逆進性をどう改めるか、所得税については累進性を高める方向が打ち出されている。これは、近年の新自由主義に基づく金持ち優遇税制からの大転換と言っていい。これが、今の日本の状況で果たして本当に受け入れられるのかどうか。
新自由主義に汚染された政治家や、大企業、さらにマスコミがどのような対応を見せるのか。真の意味でのパワーのある政治力が、管政権に問われることになる。様々な分野でトップレベルの評価を受ける、北欧の国々が大事にしている価値観、「オムソーリ=分かち合い」や「共生」などの価値観は、新自由主義的価値観とは真逆である。アメリカ的合理主義の極致とも思われる新自由主義だが、それとは対極にある北欧の情緒的価値観(「分かち合い」「共生」)の方が、経済・社会運営の面において優れた結果を残しているということだ。ここ数年で、日本でもすっかり定着した感のある、新自由主義的もの言い、というか語り。その言語圏の重力から離脱し、もっともっと情緒的な美しい言葉が普通に聞かれ、語られるようになったとき、日本再生の光が見えてくるのではないか。
つい先日、免疫の研究で有名な多田富雄さんが亡くなられた。多田さんが生前、多くの人に伝えたメッセージが「寛容」ということの重要性だった。こんな言葉も、昨今の新自由主義一辺倒の喧噪の中では、きれいごととしてかき消されそうな気配である。「寛容」や「共生」よりは、「競争」や「効率」という世の中なのである。ところが皮肉なもので、マントラのように「競争」や「効率」を唱える国々が、その「競争力」や「効率」の面において、「共生」や「分かち合い」を大切にする国に大きく水をあけられてしまったのが、現実に起こったことである。
案外、鳩山前首相の「友愛」という言葉などは、ひょっとしたら美しい言葉をもう一度奪回する、最初の一歩だったのかもしれない。

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